スタッフ野田です。
今日のお題はナインボールのブレイクについてです。
ちょっと長くなるので、2回に分けてお送りします。
ナインボールは1986年公開の映画「ハスラー2」により大ブームとなり、現在に至るまでに最も多くプレーされているポケットビリヤードゲームでしょう。
現在はJPBAの男子トーナメントではテンボールが主流となっていますが、それでもナインボールの人気は根強いものがあります。
そのナインボールでブレイクショットはゲームを左右する重要なショットであり、同時に大変難しいショットでもあります。
まだラックシートやラックスポットといったものが無く、トライアングルラックを使用してラックを組んでいた時代には、的球をポケットするにはヘッドボール①の正面に手球をできるだけ強く当てて、的球をたくさん動かすしか方法がありませんでした。
同時に手球をテーブル中央付近に留めて最初に狙う的球が見える確率も上げるのが理想ですが、この両者を実現するショットをすることは大変難しいものです。
いくら精度や剛性の高いトライアングルラックを使っても隙間の無いラックを作ることは困難だったのですが、1999年8月にラスベガスで開催されたBCAトレードエキスポにて完全に密着したラックを作るという「サルド・タイトラック」が登場しました。
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日本でも話題になったのでビリヤード歴の長い方なら記憶にあると思います。
スタッフ野田はこれを開発したルー・サルド氏と関わったことがあり、ちょっと脱線しますがこれをご紹介しましょう。
この広告には「ほら、チェックする必要のないラックの出来上がりだよ」という宣伝文句があります。
このタイトラックはそのメカメカしい外観から、「これなら完璧なラックが作れるのでは?」という印象を人々に与え、さらに多くのメジャーなトーナメントで使用されて(この広告に2000年度WPBA公式ラックという表記があります)確かに密着したラックができていることを見た多くの人たちから引き合いがありました。
これによりナインボールでいわゆるソフトブレイクと呼ばれる取りきり方法が考案され、タイトラックの申し子と呼ばれるコーリー・デュエルがこの方法で一世を風靡しました。
コーリー・デュエル
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調子に乗った(?)サルド氏は最初のモデル M-2000 に続いて、M-3000、そしてM-5000 と次々に改良版を発売しました。
サルド氏はバスの座席などの内装品を製作する会社を経営していたので、保有していた金属加工とプラスチック成型の技術・設備を利用してこれらを容易に作りだすことができたのです。
M2000
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M3000
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M5000
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しかしどのタイトラックを使うにしてもラシャにクセやマーキングをつけるなどの下準備が必要で、実はそれこそが密着したラックを作る要因であり、メカメカしい外観とはうらはらに本体の機能は通常のトライアングルラックと大した違いはありませんでした。
そしてそのことが人々に知られてくると、あっという間に世の中から消えていきました。
専用のケースも売られていたのですが、さすがにこんな大きくて重いものをプレーヤーが持ち歩くはずもありません。
したがって販売先はビリヤード場のオーナーということになるのですが、トライアングルラックより遥かに高価であり乱暴に扱われて壊れる可能性が危惧されて導入をためらう人が多かったようです。
ラックシートという日本が世界に誇る画期的発明(日本人による発明品です!)がなされて、タイトラックはもう過去の遺物と化しており、いずれそんなものが存在していたことさえ忘れ去られていくことでしょう。
そしてこのラックシートの普及によりブレイクショットの方法が変わってきました。これによって組まれたラックはブレイクの際に的球の動きがタイトラック使用時よりもパターン化するので、それを考慮したブレイクがされるようになってきました。
高速で動く的球がぶつかり合いながら散らばるブレイクショットでは不確定要素が多すぎて確たる予測をすることは難しいのですが、それでもプロや上級トーナメントプレーヤーの多くは一定のセオリーを持っていて少しでもブレイク後の配置が良くなるように心がけています。
そこで今回はラックシートを使ったナインボールでのブレイク時の的球の動きについて解説します。
解説に際して、ヘッドボール①はフットスポットで、的球の配置が以下のようになっているラックを図の手球の位置からブレイクするという前提として話をすすめます。


当然ですが、反対側(左側)からブレイクした場合は的球の動きも対象的に反対になります。
まず、①についてですが、これは左サイドポケットに向かって動き、ポケットする可能性が高いかどうかで対応が変わってきます。
手球が①に当たる角度、テーブルやボールのコンディションなどによって変わってくるので、①が高確率でサイドに入るかどうかを確かめます。
もしサイドに入らない場合、①はワンクッションでヘッド側に動きます。

強いブレイクがされると①がワンクッションしてヘッド側のコーナーにポケットする可能性もあります。
①が他の的球にぶつかってフット側に行ってしまうということはあまりないので、基本的に手球をテーブル中央からヘッド側に残すようにします。
ここで1つ注意しなければならないことがあります。
ブレイクの時に手球が少しジャンプしていることはよく知られていますが、手球がラックに当たって手前にジャンプしてくるというのを見た(経験した)ことがある人も多いと思います。

これは手球がジャンプしながら的球に当たる図なのですが、この時手球は空中にあるのでどんな回転がかかっていようとも的球との接線方向、つまり前方にしかジャンプできないはずなのです。
ではなぜ手前に跳ね返ってくるのでしょうか?
もし手球が単独の的球に対してジャンプしながら当たったら、手前に跳ね返ってくることはあり得ません。(ですので某ビリヤード漫画に出てくる「ドモンスペシャル」は実現不可能です)
しかしラックの先頭にあるヘッドボールの背後には何個もの的球が密着しています。
ここで弾性の話になります。弾性とは簡単に言えば跳ね返る力のことで、これは物質によって大きく違います。
例えばビリヤードボールの代わりに同じ大きさのゴムのボールを使ったらどうなるか想像してみてください。おそらく球が飛び跳ねてまるでゲームにならないでしょう。そのためビリヤードボールの素材は非常に弾性の小さいフェノリック樹脂というプラスチックの一種が使用されているのですが、それでも弾性はゼロではありません。
手球がラックに当たると、ラックは手球の何倍もの重さがあるので、手球は弾性で押し返されることになり、その結果手前に跳ね返ってくるのです。そしてその影響は手球のスピードが増すほど大きくなります。重いスレートの上に球を落とすと跳ね返りますが、これと同じ原理です。
そのために少し撞点がさがるだけでも手球が思いのほか手前に戻ってきてしまいます。
ブレイクで手球をポジションする際にはこれを考えに入れなければならないのです。
次回はブレイクで①がポケットする可能性が高い場合、つまり②にポジションするためにどうするかについて解説する予定です。




